ストーリー

Prologue

子供の頃から、加太の自然の中で遊ぶことが好きだった

私の幼少期、三重県亀山市の実家の裏山で、近所の友達と一緒に秘密基地を作ったり、竹を切り弓矢を作ったり、川に潜って魚を捕ったりと夕方遅くなるまで野山を駆けまわり遊んだ想い出があり、今でもそれを鮮明に覚えています。とにかく遊びとスポーツ(野球、サッカー、相撲)には全力で取り組む、そんな少年時代を過ごしてきました。

Change

無邪気に裏山で遊んでスポーツに励んでいた人生に転機が訪れたのは15歳の時。私にとって最初の挫折が高校受験に失敗したことでした。当時は、とにかく落ち込み、幼なじみとの連絡も断ち切り、高校に通うことすら辞めたい、どこかへ逃げたいと思う日々でした。そんな状態を打破してくれたのがアメリカでの生活経験のある叔父さんでした。”小さなことで悩むより、高校を卒業したらアメリカに行って修行をしてこい!人生観が変わるぞ!そのために高校では日本の武道である柔道を習いなさい。きっとアメリカでは役に立つから。”

高校1年生の夏休み、叔父さんに「卒業後、アメリカのどこへいったらいいか?」と相談すると、「では、いくか!」とすぐアメリカへ。初めての海外、アメリカの各都市(サンフランシスコ、デンバー、デトロイト、ボストン、トロント)を案内してもらいました。日本とは全く違う世界を見て、自分自身の悩みが如何に小さいことだということを気づかせてくれました。私の落ち込んでいた心を、太平洋を越えて、どこかへ吹き飛ばしてくれました。

Challenge

帰国後、私は一念発起し、高校の柔道部に入部。段位も取得し、一生涯の親友もでき、充実した高校生活を送ることができました。そして、高校卒業の時期、湾岸戦争で世界情勢が不安定な時ではあった中、卒業式を待たずに単身渡米。新たな人生のステージに選んだのはアメリカ中西部にある自然豊かな都市、コロラド州デンバーという都市でした。自ら選んで進学したのはコロラド大学ボウルダー校環境デザイン学部建築学科。建築学科で学んだのは構造や設備といった工学だけではなく、社会学や環境学が中心でした。それは、建築を通して社会の課題を解決していく、まちづくり(地域づくり)でした。

デンバーから近いボウルダーは、大学関係の住民が9割ほどを占める町で、山々に囲まれた自然豊かで治安のよい街でした。風致設計、環境設計、暮らしの設計の素晴らしさを目の当たりにしました。まさに建築物単体のデザインをすることが建築設計の目的ではなく、建築物が作られることで町や人がどのように変わるのか?どうすれば環境に優しい建築物、地域をつくることができるのか? ここまで追求することが、建築設計において重要なことだと、現在の私の建築設計や地域づくりの礎になっています。

帰国後、三重県の設計事務所で1年働き、その後、大阪の設計事務所で主に共同住宅の設計を学びました。大都市で働くこと、建築する大きな建物に携われることが楽しく、昼夜問わず事務所で設計に没頭する日々を過ごしました。

Accident

大阪で働いて5年目。仕事の忙しさから離れ、久しぶりのお盆休みで帰省をしていた2005年8月16日。夕方、実家の2階で昼寝をしていたのですが、突然、会社のほうから火災の警報音が響き渡ったのです。私は飛び起きてすぐ父親と一緒に一目散に会社へと駆けつけました。時すでに遅し。あっという間に炎が大きくなり、何もすることができず、茫然となりました。あまりの炎の勢いに名阪国道は一時通行止めになるほどで、消化活動は翌朝まで続きました。この火災で製材工場の大切な財産であるたくさんの製材在庫が焼失。火災による被害から免れたのは製材機械と乾燥機が一台で、もし、この火災で製材機械と乾燥機も焼失していたら、今の三栄林産はないことでしょう。この火災を期に三栄林産は製材業だけでなく、一般顧客に対して地域材をPRし建築事業や家具制作事業という新たな事業展開としてノッティーハウスリビング事業部を弟(丈哉)が設立しました。

Reorganization

弟の事業を後押しし、また製材をやっている兄(英哉)を支える為にも、私は会社の再建を建築士として支えることを決意。大阪にいながら家業を手伝うようになり、あの火災から8年後、私はノッティーハウスリビング事業部の責任者として大阪から三重に戻りました。そしていま、三重県産材にこだわり、自社の製材を活用した健康に良い住まいつくりに取り組み、たくさんの方の住まいを設計、建築させていただいています。

また、2018年には地域づくりの一環として、過疎化が進んだ地域課題を解決するために、会社近くのマス釣りバーベキュー場を引き継ぎ、地域材普及促進と地域活性化を目的としてキャンプ場“かぶとの森テラス”として事業をスタート。このキャンプ事業をきっかけに、建築や林業だけでなく観光や地域振興の関係者からのお声掛けが増えてきました。2020年の新型コロナウイルス対策として、亀山市、鈴鹿市、川越町、三重県四日市農林事務所等、地域材飛沫防止パネルを納品。亀山市木材産業組合からの推薦により亀山市地域ブランド運営員会の委員、加太まちづくり協議会など地域づくりに参画。いままさに、地域の色々な人たちとの関係性が増え、いよいよアメリカで学んだ地域づくりを活かし、一体感と一貫性のある地域のための会社づくりをしようと想いを新たにしました。

2021年(令和3年)、いよいよ三栄林産株式会社は製材、建築、家具、キャンプ場、そして弟が経営する飲食といった各事業においてより結束力を高め、森と木のあるライフスタイル創造カンパニーとしてリユニオンすることとなりました。それぞれの事業の点と点を線で結び、三栄林産グループ全体で面的展開をし、林業を中心とした循環型ビジネスの構築、持続可能な地域社会の創造、そしてお客様にライフスタイルの提案ができる企業として新たなステージに進みます。ノッティーハウスリビング事業部の三栄林産建築事業部は“住まいと暮らしの設計室”となり、お客様の住まいを設計するだけでなく、暮らしのご提案もできる組織に生まれ変わります。私は住まいづくり、暮らしづくりを通してこの地域の活性化に取り組むことが、生まれ育った加太地域・亀山市・三重県への恩返しになると信じています。

三栄林産建築事業部
住まいと暮らしの設計室
ノッティーハウスリビング(亀山営業拠点)
室長 坂成哉