坂です。
先日はノッティーハウスリビングが所属している 三重耐震マイスター倶楽部の定期総会でした。
この時期は総会が多く開催されます。
冒頭の会長挨拶の中で日向灘沖地震と東南海沖地震の関連性のお話があり、
日向灘沖で大きな地震が起こると、東南海沖でも地震が起こるという話がありました。
令和の時代に入り、千葉県南部や日向灘沖で比較的大きな地震が発生しているが
三重県ではここ数年、大きな地震が発生していない。
僕の記憶にある過去の大地震が発生した時、僕自身、何をしていたか思い出してみました。
1995年1月17日 阪神淡路大地震
当時、僕は米国コロラド大学に在籍していて、ニュース番組で関西地方で大地震が発生したことを知りました。
コロラド大学に所属している日本人学生が中心となり、大学キャンパス内でチャリティーTシャツを販売したことを思い出します。
ニュース番組でしたが、生まれて初めて見た大地震による被害状況に、ただただ唖然とするばかりでした。
2011年3月11日 東日本大震災
四日市市のブルックで打ち合わせ中に地震が発生しました。
ゆっくりとした横揺れがしばらく続いた後、スマホから続々と東北の被害状況が配信され、事態の大きさに気付きました。
東日本大震災の記憶は何と言っても津波による被害と福島原発の被害です。
まるで映画でも見ているような津波の映像がTVから流れるたびに、本当にこんな事が起こるんだと地震の怖さを思い知らされました。
地震発生の翌年には耐震マイスター倶楽部のメンバーで東北へ復興状況の視察へ行き、
語り部の方から地震発生時の話を聞いたり、なかなか復興が進まない現場を見て、愕然とした記憶があります。
時間が経つと、こういった経験が除去に風化され、どうしても気が緩んでしまいがちです。
特に住宅建築に携わっている私たちは絶対にこういった経験を風化させてはならず、
また、風化しないように地震の怖さをしっかりと伝えていかなくてはなりません。
また改めて耐震の重要性を考えさせられる、そんな一日になりました。
木を楽しむ、ていねいな暮らし
ノッティーハウスリビング
http://knottyhouseliving.com